もっと売れろ、もっと嫌われろ -2010年代唯一のロックスター、The 1975-

 2016年3月7日。とある英国出身のバンドが全米・全英チャート初登場1位という記録的な偉業を達成した。英国出身のバンドとしては、The Beatles、Led Zeppelin、The Rolling Stones、Pink Floyd、Radiohead、Coldplayに並ぶ快挙である。世界中のフェスティバルで何度もヘッドライナーを経験しているMuseでさえ、全米1位を獲得したのは昨年リリースの「Drones」が初めて。実に20年以上もかけて辿り着いた偉業であった。

 そんな大記録をアルバムデビューからたったの4年、2ndアルバムで達成してしまったのが、今回取り上げるThe 1975である。

 彼らは今年のSUMMER SONIC 2016に出演する事が決まっている。彼らの初来日はアルバムデビュー前の2013年のサマソニ。三番目に大きなSONIC STAGEのトップバッターとしての出演だった。その後、彼らは1stアルバムをリリースし、初登場全英1位の快挙を達成。日本での人気も高まり、翌年のサマソニでは、最大のステージであるMARINE STAGE出演という急激なランクアップを果たした。今年の1月にはEXシアター六本木でのワンマンライブをソールドアウトさせている。日本での人気も上り調子だ。

 そして、恐らく今年のサマソニを代表するアクトとなった彼らは、更に成長した姿を見せてくれるだろう。では、そんなThe 1975とはどんなバンドなのだろうか?まずは、彼らがブレイクするきっかけとなった曲である"Chocolate"を聞いてほしい。

 僕が最初にこの曲を聴いた時、「えっ!こんなにポップに振り切れてていいの!?大丈夫なの!?」と衝撃を受けた。何せインディ・ロックが(超狭い範囲で)猛威を振るう2010年代。誰もが売れ線を避ける時代に正面からメインストリームに直撃していくその姿は、一周回って新鮮に感じ、同時に頼もしく感じた。本当はみんなポップな音楽が大好きなのである。しかし、2010年代、一部のポップパンク勢を除いて、誰もがポップを避ける時代に突入した。その役割はTaylor SwiftやThe Weekndなどのポップスターが担うようになっていったのだ。日本ではなかなかピンと来ないかもしれないが、どういうわけか、海外で評価されるほとんどのバンドが超地味になったのである。

 多くのバンド連中が一部の愛好家たちが絶賛するような、難しく考え込んで良さを理解する必要のある音を鳴らし、ポップスターが10代の心を鷲掴みにする現代。一見それほど違和感が無いように見えるけれども、よく思い出して欲しい。The Beatlesも、The Rolling Stonesも、Led Zeppelinも、ライブの映像を見ると、そこには今にも発狂しそうな10代の姿があったじゃないか!やっぱりメンバーが揃って、音を鳴らして、アリーナを埋め尽くした若者たちが「ギャーーッ!!」って叫ぶバンドがいてほしいんだよ!

 その辺り、The 1975はいい感じである。フロントマンのマシューは、そのセクシーで退廃的で端正なルックスから凄まじい女性人気を集めており、先日の来日公演では、彼のうちわを作る人まで登場した。一時、Taylor Swiftと噂になったこともある。

 「ルックスなんかより音楽の話をしろよ」って声も聞こえてきそうだけど、ルックスって超大事だと思う。最近の洋楽ロックバンドって大体、文系のそこそこ良いとこの大学生で「将来は起業家を目指しています!」か、「僕たちのコミューンは、疲弊した現代社会の理想を体現しているんだ」って感じの人たちばっかりで、「俺スターになりてぇ!」って言いそうな人はめったにいない。その点、マシューなんてどう見ても「スターになりたい」感全開で好感が持てる。言わなくても分かるだろうけれど、右から二番目がマシューである。

 マシューは見ての通り、超ナルシストである。先日リリースされた2ndアルバムの邦題は「君が寝てる姿が好きなんだ。なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気がついていないから。」である。「ひでぇ邦題だな!」と思う人がいるかもしれないけれど、直訳である。このタイトルのおかげで、彼らは「史上最も長いタイトルの全米チャート1位アルバム」という、かなりどうでもいい記録を達成した。

 そして、そんな彼らが鳴らす音楽は徹底してポップだ。1stアルバム「The 1975」の頃は、ポップとはいえどこか陰りのある空気を伴っていて、まだインディ感があったのだけど、2ndでは見事に振り切っていて、思わず踊りだしたくなる楽曲のオンパレードである。

 この曲なんて、One DirectionやTaylor Swiftにハマっている人にも届きそうなくらいメロディが磨き上げられていて、こんなにグッとくるAメロからBメロへの流れ、洋楽バンドで聴くのいつ振りだろうと思う。元々強烈に80年代への愛情を表明していただけあって、見事にその質感を掴んでいるし、でもハウスっぽいビートとか、後半のギターソロに突入した時の展開はEDMっぽい感じもあるし。凄く色々な要素が混ざっているのに、一回聴いただけで「いい!」って言える普遍的なポップソングに着地している。

 完璧にR&Bをモノにしている"Ugh!"も、大胆不敵なギターカッティングが最高な"Love Me"も、先行シングルはいずれも名曲揃い。そして、アルバムでは、これらの楽曲を織り交ぜた一つのストーリーが17曲、72分にわたって展開される。ポップとはいえ、合間にはシューゲイザーやポストロック的な楽曲もある。とはいえ、そんな過剰さも彼らの野心的なスタンスを表しているようで個人的には好きだ。実際、そのような実験的な楽曲も、彼らの持ち味である音使いが活きた見事な仕上がりで、ストーリーに色気や陰りを与えるという重要な役割を果たしている。

 The 1975は、狭いバンドシーンを超え、ポップシーンすらも侵食しつつある。One Directionは彼らに楽曲提供を求め、Rihannaはツアーの前座に彼らを指名した。ポップであることを引き受ける事に迷いのない彼らは、現代のロックシーンでは圧倒的な異物だ。2014年、彼らは英国を代表するロックマガジン「NME」の読者が選ぶ「ワースト・バンド」に選出された。でも、ウザいくらい売れないとこんな賞に選ばれる事もない。だからもっともっと売れて、嫌いな人たちを隅に追いやるくらいの存在になってほしい。全米・全英1位はまだ世界制覇のスタート地点にすぎない。

 The 1975の良いところは、ほとんどのファンが彼らに徹底的に売れてほしいと思っているということだ。そして、実際に彼らはみんなが夢中になる最高のポップソングを作って、実際に世界中で売れまくっている。かつてバンドが内包していた「野心」や「夢」を2010年代、唯一持ち続けているバンドがThe 1975である。そんな彼らが、最高のタイミングでSUMMER SONICに帰ってくる。

 断言するが、今年のSUMMER SONICで最も見るべきなのは、UnderworldでもRadioheadでもなくThe 1975だ。

...まぁUnderworldもRadioheadも超見たいけど。